銀狐の文具稲荷

-文房具を覆う表現を剥がし愛情を込めて丁寧に貼り付けた簡素な艸菴- (Since 2007-01-04)

余禄83 おすもうさん

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『おすもうさん』=高橋秀実・著
 (草思社・1575円)



呑気な格闘興行が「国技」になったわけ

大相撲はここ数年、批判にさらされ続けてきた。
力士の大麻吸引、親方の暴行指示、横綱の品格そして暴力団とのつながり等、問題山積である。
まるで、かつて美しかった大相撲が腐ってしまったかのようなくさされ方をしている。
では私たちは、「ほんとうに美しい大相撲」なるものを知っているのか?



力士が稽古後の暇に任せて花札賭博に興じる様子は、漫画『のたり松太郎』に何度も出てくる。
サラリーマンがゴルフで握るのに通じる、日本の日常風景だ。

横綱が賞金を貰う際、手刀を左手でチョコチョコ切って「刀らしくない」等と批判されたが、
元はといえば大関名寄岩が「心の字を書く」という自己流の解釈を行ったところ広がっただけで、
以前は無造作に受け取っていた。

そもそも神事として最重要なはずの四本柱をテレビ中継の都合で切り捨てたことからして、
曲げがたい歴史の源があるとは思えない。
そんなテキトーな格闘興行を、私たちは摩訶不思議な風物詩として愛でてきたんじゃないか。
と、憤慨していたところ、「マスコミの騒ぐ裏側よりも表面にもっと奇妙なことがある」
という視点で大相撲の不思議に切り込んでくれる人が現われた。


著者は「観戦していると眠くなる」という大相撲愛好家。
相撲部屋に出かけて廻しを締め、史書をひもとき、力士や親方の話に耳を傾けてみたら、
おかしくもゆるやかな世界にたどり着いたという。キーワードは、「呑気」である。



「相撲道に精進」「毎日の猛稽古」「神の意思を相撲で推し量り、
出雲の国譲りが決した古事」といったNHK好みの立派な話の陰で、
等身大の力士たちはまことに「呑気」であるという。

勝手に事が進んでいつの間にか力士になる者が多く、
入門動機の大半は、「周囲の勧め」。


稽古は午前中一回だけ(強豪柔道家のように三回もやらない)。
リアルな目標は、高くて十両。

そりゃそうだ、七百人もライバルがいる。あとはひたすら食べて寝る。
腹一杯になってからもどこか「一点を見つめて」、食べ続ける。太るのが仕事だから。


相撲の始まりと通常言われるのは『古事記』だが、
文献として「相撲」の文字を最初に記した『日本書紀』によれば、
雄略天皇は木工名人に失敗させるため、宮仕えの女性にふんどしをつけさせ、
相撲をとらせた。最古の相撲取りは女性だったのだ。
(伝統に則り土俵に女は上げぬと、偉そうに言っているけどね)


息づかいもリアルなエピソードが続出するが、なかでも大相撲と「国」とのかかわりは面白い。
呑気な相撲は、「国」によって翻弄されるようになる。



相撲が国技と通称されるようになったのは、明治42年の常設館完成時の案内状に
「角力(すもう)は日本の国技」とたまたま書かれたからである(国の決定ではない)


しかし国技と呼ばれ観客に外国人も交じるようになると、
当時の新聞は「裸一貫」で「暢気な商賣」、「土俵は惰気充溢」で
「八百長に次ぐに八百長を以てしてゐる」と書きたてた。


ところが昭和に入り国家総動員法で相撲が軍政下に置かれると、
「忠君愛国のため」「相撲道による心身の鍛練」が説かれるようになる。
しかし勤労奉仕に出かけると資材をトラックに運び上げるのにも横綱がヘトヘトになる。
相撲以外には体力がないからだ。


東日本大震災で、横綱白鵬以下上位力士が、
街頭で募金を呼びかける姿はメディアで見たが、
力士が被災地で力仕事をしているところを観たことがある?




小泉内閣時、誰だったか閣僚が発言した。
「日本大相撲協会は経理で優秀な組織だ」と。
確かに資産はものすごいものがある。

他の法人は金を儲けて、その金を資産運用に回したが、
相撲協会はただただ貯めただけに過ぎない。
どこまで優秀なのか・・・・・・


相撲は、かくのごとく社会事情や放送事情に揺られ、
融通無碍に生き延びてきた呑気な伝統なのである。
だからこそ、面白いのだ。

ただ、「公益法人」として認定されていることに私は不愉快なだけ。
年間数百億円を稼ぎ出して、法人税は確かわずか数万円だったと記憶している。


「我こそは相撲本来の伝統を知っている」と語気を荒らげる半可通が増えて
嫌な時代になったと眉を顰める好角家にこそ、お薦めの一冊である。





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  1. 2011/08/08(月) 00:00:00|
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銀狐

Author:銀狐
雲の近くで紙と筆。本と工藝。
旅・食・美・創・観に魅せられ
鳥・虫・石・艸・風と交わり 閑暇を纏う。

強烈な文具好き。
LAMYとrotringの熱烈な信者であり、
montblancに憧れ、pelikanを愛し、
moleskineを人生のパートナーに迎え、
RHODIAを愛人にして、
Rollbahnと浮き名を流す。

burlingtonにトラベラーズノートと
ファーバーカステルを詰め、
PerkerとfILOFAXを広げた所が書斎。

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