銀狐の文具稲荷

-文房具を覆う表現を剥がし愛情を込めて丁寧に貼り付けた簡素な艸菴- (Since 2007-01-04)

余禄77 老後も進化する脳

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『老後も進化する脳』=リータ・L・モンタルチーニ著


(朝日新聞出版・2100円)


限界を知りつつ無限を思う力
著者は、1909年イタリアに生れた女性脳神経科学者である。
つまり今年100歳。1986年に、「神経成長因子および上皮細胞成長因子の発見」で
ノーベル生理学・医学賞を受賞している。


20世紀初頭
「神経経路は不変、有限、固定されていて、すべてはいずれ死に至り、再生不能」
という考え方が出され、2、30年前までは、これが専門家の共有する知見だった。

しかし、中枢、末梢神経系共に外界の刺激に適応して作られていくこと、
しかも神経細胞に損傷が生じた場合それは死に、
附近の細胞から神経線維が伸びて神経回路が回復することがわかってきた。
この時活躍するのが神経成長因子である。
この再生過程は、誕生直後と若年初期に顕著だが、成人後も維持され、老年期にも見られる。


著者自身、この因子の活動を証明するかのような活躍ぶり。
本書のような一般向け著作の執筆はもとより、イタリア上院終身議員の役にある。


ヒトという生物で老化が問題になるのは、寿命が長く、
器官の衰えが肉体各所で表面化しやすく、
社会が老齢者を疎外するからだと分析したうえで著者は言う。

古代ローマの哲学者キケロが、偉大な事業をなしとげさせるのは
体力や肉体的敏捷さではなく、英知、先見の明、判断力だと言っているのは至言であり、
「精神活動は、老年期、そして人生の最後の時期において、まったく新しい能力の発揮されうる分野」だと。
もっともなぜそうなのかはいまだ謎だがと断ったうえでだ。


その能力の中でも重要なのが創造性であるとして、
とくに老年にそれを発揮した実例として、
ミケランジェロ
ガリレイ
ラッセル
ベン=グリオン
ピカソ
の五人をあげる。


ミケランジェロは89歳という長寿で、システィーナ礼拝堂の「最後の審判」は66歳の時完成、
絵全体から創造力がほとばしると著者は評価する。
老いを嘆く手紙を書きながらも、実際には、晩年になってそれまで手がけたことのない
建築に挑み創造性を発揮してもいるのである。


ミケランジェロの死の年に誕生したガリレイが、
振り子や物体の落下など運動についての考察をしたのは20代だが、
望遠鏡を改良して天体観測を始めたのは50代、『天文対話』を著したのは66歳である。
視力を失い78歳で他界した彼だが、その頃書いた友人への手紙に
「感覚だけでなく知性によって学びうる世界についていうなら、
今のところ、私の頭は、有限だとも無限だとも結論を出しかねています」とあり、
考え続けていたことがわかる。


98歳でラッセルが亡くなった時、
『タイムズ』は「おそらくだれにもまして深い影響を二十世紀に与えた、鋭くて偏見のない思想家」と書いた。
「戦争犯罪国際法廷」を設置したのが91歳、
『ヴェトナムにおける戦争犯罪』の刊行は97歳である。
“興味の対象が外へ広がるほど、人生の残りがわずかかもしれないという思いが気にならなくなる”
と書いている。


シオニスト、ベン=グリオンは、87歳の生を終えるまで平和を訴え続け、
ピカソが、90歳で新たな技法を開発していたことはよく知られている。



では、「認知症」はどういった関連があるのか。
現在、「認知症は病である」という定義がなされている。
はっきりとした原因が特定できない難病なのだ。

一度獲得された知能が、後天的な大脳の器質的障害のため進行的に低下する状態を
「痴呆」に定義としていたが、厚労省が差別的表現という事で、認知症に変えた。
しかし医学的には定義に基づいて、「痴呆」なのである。


加齢関連認知低下は、脳を活性化させていると予防できるという事なのか。
ならば、高齢者を阻害しない社会環境が整えば、認知症はぐんと低下するのか。
そんな事で、そんな簡単な事で、人類最大にして最強の敵「認知症」は、
回避できるというのか?
と言うネガティブな考えもすかさず浮かんでくる。


カードを伏せたまま進む人生ゲームでの勝利の切り札は、知的、心理的活動の巧みな運用であり、
それは一生、とくに老年期にものをいうというのが著者の実感であり、主張である。
脳の可塑性は、「自らの限界、自らの有限性を認識しつつ、無限について考える力」を与えてくれる。
「いくら使い続けても消耗しない」凄い力を我々は持っているのも事実だ。




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  1. 2010/07/19(月) 00:00:00|
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Author:銀狐
雲の近くで紙と筆。本と工藝。
旅・食・美・創・観に魅せられ
鳥・虫・石・艸・風と交わり 閑暇を纏う。

強烈な文具好き。
LAMYとrotringの熱烈な信者であり、
montblancに憧れ、pelikanを愛し、
moleskineを人生のパートナーに迎え、
RHODIAを愛人にして、
Rollbahnと浮き名を流す。

burlingtonにトラベラーズノートと
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