銀狐の文具稲荷

-文房具を覆う表現を剥がし愛情を込めて丁寧に貼り付けた簡素な艸菴- (Since 2007-01-04)

余録121 萬年筆奇譚 第4章 疑惑篇2節

パーティーから2週間ほど後、山城晶夫は白山峰夫となって、
カスタム社に出勤する。

いつもの寝癖、無精ひげ、よれたスーツ、歪んだネクタイ
黒縁の大きなメガネ。


昼過ぎに社長室を訪れて、

開発に5000万円の補正が組まれ、横領された可能性があること。
町工場と共同で試作中であること。
カスタム社女性職員で特に不穏な者はいなかったこと。

調べたことを詳細に報告した。


ただ、営業部、長原の実家ということは報告しなかった。


秘書の鵜飼玲子は休んでいた。


総務課に戻りデスクに座る。
いつも元気な名取と大下が放心状態で座っており、
課長がその周囲を頭を抱えて歩き回っていた。

パーティーからこちらずっとあの調子らしい。
何をやっても上の空。

大企業の令嬢二人を預かる課長だ。
元気で居て貰わねばなんと言われるか分かったものではない。



帰宅して、長原に電話をかける。


「かけてきてくれたのね」

「ごめん忙しくてなかなか連絡が出来なかった」

「うれしいわ」

「お父様の工場には開発担当の者も行っているんでしょう?」

「そうね、担当者は週末はお休みで来ないけど」
「工場で父は週末も働いているわ」

「今週末お邪魔しても良いかな?」
「まず、君のマンションに寄ってから一緒に行こう」

「わかったわ、待っている」





週末、黒いポルシェで長原純子を迎えに行く。
古くお世辞にも綺麗ではないマンションから、彼女が恥ずかしそうに出てきた。
パンツスーツに綺麗な髪は後ろで束ねられていた。


「お待たせしてごめんなさい」
「汚いマンションで驚いたでしょ?恥ずかしいわ」

「いや、とんでもない」


長原は実家の町工場の住所を告げる。

途中、実家に土産と作業着と靴、軍手を購入する。


都内ではあるが下町風情が色濃い中小工場が建ち並ぶ一角に長原製作所はあった。


「ここよ」


あまり広くない道なので、
山城は工場敷地に少しポルシェを入れて駐車する。

着古してはいるが洗濯された作業着を着た高齢の男性が奥から出てきた。
白髪で頑固な職人という言葉の似合う人だった。


「純子か」

「お父さん」

「紹介するわねプロフィット社の山城さん」
「父です」

「山城です。突然の無礼をお許しください」

「いえ、娘が会わせたい人と言うから婚約者かと」

「経理を担当して現場を知らないものですから」
「無理を言ってお邪魔させて頂きました」



途中で買った高級菓子の箱を差し出す。
父親は恐縮した表情で、手袋を脱ぎ受け取ると、


「そんな綺麗なスーツですと・・・・・」

「しばらくお待ち頂いてもかまいませんか?」


そう言うと、ポルシェのボンネットを開け作業着を取り出した。
おもむろにスーツを脱ぎ、黒のボクサーパンツ一枚になる。


「や、山城さん。外ですよ」


純子が制止するもかまわず作業着を着始める。
しなやかな山城の体をまぶしそうに見つめる。

それを見てニヤリと笑う父。


「本社のホワイトの方で、作業着を持参された方は初めてだ」

「ここではこれが正装と思いまして」


着替え終わると、父親に案内されて工場内へ。
見たこともない大きな機械が整然と並んでいる。
油や金属を旋盤した匂い。従業員の汗の臭いも染みついている。
嫌いではない。

整理整頓され予想以上に清潔だった。

工場の奥、シートが被せられた作業台の上に試作品が無数に並べられていた。


「こんなにあるんですか?」

「そうです不具合が出ると予備の物が必要になります」
「数種類作ります」

「なるほど」
「予算もかかるわけだ」

「本社も財政難でなかなか良い予算は付けてくれませんよ」

「でも・・・・補正・・・・」

「本社の方に申し上げることではないが」



と、前置きをして、説明してくれた。

ここでの試作はほとんど町工場に丸投げにして、
予算はくれない。後の発注で回収できるだろうと言うのが、
プロフィット社のやり方らしい。

話が違う。


「親会社を変えるおつもりはないのですか?」

「親会社があるだけありがたいんです」


白髪の頑固職人は力なく笑った。

その後も、父親は冗談を言って笑わせたり、
山城のそばから離れず説明をし、実際に機械を操作して見せた。

それを後ろから微笑ましく見つめる純子。


晩ご飯を一緒にと言う、父親の申し出を遠慮して
長原純子を乗せてマンションに向かう。


「あんな父を見たのは久しぶりだわ」
「よほど山城さんが気に入ったみたい」

と、クスクス笑う。
その笑顔がどこか父親とダブって見えた。

「長原さん、もし、もっと待遇の良い会社が」
「下請けを依頼してきたら考えて頂けますか?」

「カスタム社も同じようなもの」
「そんなに待遇の良い会社なんてないわ」


そう言ったきり、長原は窓の外を眺めた。

マンション前にポルシェを付ける。


「今日は来てくれてありがとう」

「いや、押しかけて申し訳なかったね」


クスリと笑いながら、


「スーツ姿も良いけど、作業着姿は格好良かったわ」
「おやすみ」


そう言うと、山城の頬にキスをして下車していった。

















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  1. 2017/06/26(月) 00:00:00|
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余録120 萬年筆奇譚 第4章 疑惑篇1節

リムジンが名取邸に到着すると、門が自動で開く。
大きな和風母屋の横を抜けて離れに停まる。


「後で食料を届けさせて」

「かしこまりました」


そう言い残して運転手はリムジンを母屋に向け走り去った。


「さあ、3人とも入って」


外観は和風の離れだが、内装は大理石が敷き詰められた高級洋式だった。


100畳は超えるであろう大きなリビングに通されると、
巨大なワインセラー。隣の冷蔵庫にはビール等がびっしり並べられていた。


「さぁ、上着なんか取って」


大下が声を出す。


「君は凄いなぁ」


口をずっと開きっぱなしていた水男が言う。


「凄いのは私じゃないわ。パパよ」


「なるほど。うちの企画開発の人間が君たちに熱を上げるのが分かった」


英子を物にしたなら、ラミー電気を手にできる。
技術者なら社の技術者も束ねられるだろうし、知識もある。
そう言いたかったが、水男は飲み込んだ。


「これからは英子と悦子と呼んで」


ワインセラーから白ワインを出しながら、悦子がささやく。

グラスに注ぎ、ワインを飲んでいると
女性達が食料と水を運び込んでくる。

英子は、食料をテーブルに並べさせると、
絶対にこの離れに近づくなと、きつく言う。

女性達は頭を下げ、山城達を見ることなく立ち去った。


「これで、邪魔は入らないわ。朝まで楽しみましょう」


最初は青臭い会話も、酒が回ってくると、
英子は本性を剥き出しにしてくる。

山城は英子を抱えるとリビング横の寝室にドアを蹴って入る。
水男はさらに奥の寝室に悦子の手を引いた。

英子がぐったりしてから山城はリビングに戻り、水を飲んでいると
悦子がよろよろ入ってくる。


英子とは異なりスリムでエキゾチックな顔は、
どこかプライドの高そうな雰囲気がする。
小ぶりな乳房が少し遠慮深い。

山城の体を見た悦子が挑んできた。


英子の寝ている横に悦子を放り出す。

悦子が狂ったような声を上げて気を失ったとき、
空は少し明るくなってきていた。

代わりに起き出し、山城の下腹部を見た英子は
両手を口に当て、目を大きく見開いて


「どうなっているの?」


と、つぶやき体を預けてくる。


それから何回か同時に相手をして、
二人は仰向けになり白い腹が上下する以外動かなくなった。
隣の部屋では水男が毛布を被って眠りこけている。

山城は身支度をすると離れを出て行った。


もう、昼を過ぎた渋谷は日差しがまぶしく、
まだ暑さが残っていた。


タクシーで帰宅した山城は、
シャワーを浴びラフなトレーナー姿でブラックコーヒーをカップに注ぎ
モレスキン紙片を見つめながら飲んだ。

ソファーに座っているうちに深い眠りについてしまう。






泳いでも泳いでも、黒い海の水が襲いかかり、
なかなか岸にたどり着けない・・・・・嫌な夢を見た。



どれくらい眠っただろうか。
携帯電話の着信で目を覚ます。
もう夜だった。


カスタム社長、並木からだった。


「どうだった?」

「参加者達の整理をしているところです」
「秘書の鵜飼さんが来ていました」

「うむ、特定の人物との接触はなかったかね?」

「はい、あれだけの美人ですから、多くの男性に囲まれていましたが」
「特に親しくと言うのはなかったですね」

「そうか・・・・・」
「次に出社した際、聞くとしよう」

「無精ひげが伸びてくるまでお待ちください」


並木は軽く笑って電話を切った。


















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余録119 萬年筆奇譚 第3章 パーティーの女篇4節

「山城さん、おひとり?」


山城が視線を向けた先に、カスタム社 営業部の長原純子がワイングラスを持って立っていた。
営業で外回りをしているのか少し日に焼けていた。

山城はソファーから体を浮かせ、長原が座るスペースを作る。
山城に尻をぶつけるくらい近い距離に座ると、


「プロフィット社はイケメンばかりだけど、まだあなたのような美男子が居たのね」

「カスタム社も美人揃いで、目のやり場に困ります」


はにかんだ少年のような笑顔を作る。
演技ではないのだが、その笑顔に長原は少し身震いをした。


「せっかくあなたのように素敵な男性と出会ったのに」
「私は、来年の3月で退職するの」

「結婚するのですか?」

「いえ」


首を振ると綺麗な栗色の髪が揺れた。


「父が高齢で家業を継ぐの」

「そうなんですか。失礼でなければどのようなお仕事か・・・・・」

「小さな町工場で、プロフィット社の下請けをしていますの」

「うちの?」

「ええ、年内までに仕上げなければいけない試作があって大忙しです」

「試作って親会社がするものじゃないんですか?」

「今回は材料から手探りみたいなので共同で」

「一日でもお父様のお手伝いをしたいところですね」

「ですが父はこの件が片付いてから帰ってこいと」


話し込む二人を、企画開発の担当者達が気にかけている。
その姿を見た山城は、


「私は経理で現場というのを全く知りません」
「まして弊社の製品となると大いに関心があります」

「いつでもよろしくてよ。あなたなら大歓迎ですわ」


そう言って、バッグを開くとモレスキンとシャンパンゴールドの
パーカーインジェニュイティを
取り出し連絡先を記入しピッとちぎり山城に差し出した。


インジェニュイティ 141105okb01


モレスキンの紙片を眺めながら、


「近いうちにご連絡させてください」

「夜ならほとんど自宅に居ますので」


離れたところから営業部の同僚達が長原を手招きしている。
一礼をして、長原は立ち去った。
長原は、同僚達にどんな話をしていたのか執拗に聞かれる。


紙片を折って内ポケットにしまいながら、
突破口になるかも知れないとぼんやり考えた。


パーティーも佳境、参加者達は連絡先の交換を始めた。
谷口は総務の二人に捕まってヒソヒソ話している。
時折、名取が山城に絡みつくような視線を送る。


トイレを済ませて会場に戻ると、パーティーはお開きになろうとしていた。

鵜飼には近寄らないよう意識していたが、
気づいていないのか一度も話しかけてこなかった。
安堵と同時に少し寂しい気もした。
しかし・・・・なぜ、参加しないようなことを言ったのだろう。


会場を後にしてホテルのエントランスを歩いていると、
数人の女性従業員も山城の後をついてくる。

早めにタクシーを拾って・・・・と考えていると
目の前にひょっこり谷口が現れる。真っ赤な顔をして、両脇に名取と大下がいた。


「これから俺につきあえよ」

「いや、今日は疲れたタクシーで帰る」

「そう言わずに」

「これから私の家で飲み直さない?」


大きく胸の開いたドレスを揺らしながら名取が割り込む。
なるほど・・・・水男を取り込んだ訳か。

後ろをついてきていた女性職員達は嫉妬のまなざしを名取と大下にむけ、
山城を追い越していく。ラミー電気の令嬢では太刀打ちできないのだろう。

一刻も早く帰宅して今日のパーティーで観察した人の動きを整理したかったが、
懇願するような水男の視線を見ると、可哀想になってしまう。


「わかった、水男の顔を立てるよ」

「すまない」


ホテルを出ると、白いリムジンが横付けになって、ボーイが交通整理をしている。
もう一人はドアを開けて頭を下げ待っている。

名取はそんなボーイ達を見ることもなくズカズカ歩き、
山城達にリムジンに乗るよう促す。


男女4人を乗せてもまだ余裕のあるリムジンは、音もなく走り出し
六本木から名取の自宅、渋谷区松濤町に向かう。

名取はケリーバッグを放り出し、ドレスの上着を脱ぎ捨てる。
ノースリーブになったおかげで大きなバストがさらに強調される。

山城の横に座って胸をこすりつけてくる。
向けた顔は唇がめくれ上がり好色なものだった。






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余録118 萬年筆奇譚 第3章 パーティーの女篇3節

白山は喫茶店のトイレでネクタイを締め、支度を調えた。

支払いカウンターで、アイスコーヒー代を支払う。
ウエイターの目はエメラルドのネクタイピンに釘付けになっていた。


向かいのホテルまで道を横断する。


正面玄関に入ると、谷口がほっとした顔で駆け寄ってくる。

「山城、来てくれたんだね」

「参加すると言っただろう」

「それはわかっていても本当に来るかが不安で」
「お前!凄いネクタイピンだな。本物か?」

「あぁ、でも、そんなに高価じゃないよ」

「お前が時々わからなくなるよ」


受付では、氏名を記入して
透明の名札ケースを受け取る。
そこに名刺を差し込んで胸ポケットにクリップで止めるのだ。

受付カウンターには、カスタムコーポレーション営業部の女性達が座っていた。


「お名前をお願いします」

差し出された記帳用紙に、モンブランNo.149
90周年記念モデルを内ポケットから取り出し記入。

透明の名札ケースを受け取って、谷口に向かって、

「水男、どうして名刺なんだ?大きく名前を書けば良いじゃないか」

「ここがミソなんだよ。名刺の名前なんて小さい字だろう」
「相手の名前を知りたければ近寄らないとダメなんだ」

「さすが企画開発だ」


ホテルの会場を貸し切った立食風のパーティーになっており、
中央にテーブルが10ほど並んでいる。
テーブルの上には豪華な食事やオードブル。

部屋の端には大きなソファーがいくつも並べられていた。
所々に、うどんやローストビーフのコーナーも。

当初未だ馴れていないのでめいめいソファーに
男性、女性別れて座って話し込んでいた。


「全部で50人くらいか」

山城はつぶやいた。



会場のコーナーから、本日の幹事2名が挨拶をする。
乾杯の音頭は、谷口の紹介で、秘書課の鵜飼玲子が勤めた。

チョコレート色のパンツ姿だった。
いつもスカート姿なので新鮮な感じがする。


ウエイターが各テーブルにビール等を運んでくる。
最初はぎこちなかった参加者も酒も入って、次第に打ち解けていく。


皿に食べ物を取り、ビールを飲んでいると、
総務課の名取と大下が息を弾ませてやってきた。


「はじめまして、お名前をお教えください」

大下がしゃべり終わらないうちに、
名取は「私、名取と言いますよろしくね」

「大下です、はじめまして」


こいつら・・・・・気づいていない。


「山城晶夫です。よろしくお願いします」

ゆっくり一礼をする。


「今日は来る予定じゃなかったんですけど、欠員が出て」
「玲子に無理矢理連れてこられました。でも、よかったです」

大下は白いドレスをゆっくり揺らしながら語る。

「パーティーは初めてですか?今まで見かけませんでしたから」

名取も負けじと質問してくる。

「はい、水男・・・いや谷口幹事に誘われて」



その二人の後ろには、プロフィット企画開発軍団が
話しかけたそうにモジモジしていた。

谷口が気を利かせて、

「後ろにもイケメン達がおりますので」

山城から二人を引き離した。


「やっぱり、お前が一番モテている」
「女性職員達から山城の名前と部署の質問攻めだ」

グラスをあおり、少年のような顔で歯を見せ笑うと、
谷口ですら口をあんぐりと開けたままとなった。



薄暗いバーカウンターで、カスタム社長、並木の携帯電話が鳴る。
ウイスキーを口に運ぶのを止め、電話に出ると、
プロフィット社長、坂田匠だった。

「並木です」

「久しぶりだな坂田だ」

「今夜はパーティーでうちの女性職員がお世話になっています」

「うむ、紛れ込んだネズミが本格的に動き出した」

「そうですね、うちも猫を放します」

「あぁ、私も手を打ったところだ」

「ところで、新商品の開発具合はいかがですか?」


並木の横に座っている若い女はダンヒルをくわえ
デュポンのライターで火を付ける。
キーンという乾いた金属音を発し火は消された。

並木はちらりと女に視線を向ける。
女は火を付けたタバコを並木の口に持って行く。


タバコを口にくわえると、
右手に携帯を持ち直し、左手人差し指で
プロフィット社秘書 長沢の背中をすーっと撫でる。
長沢は背を反らし曇った声を出した。










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  1. 2017/03/27(月) 00:00:00|
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プロフィール

銀狐

Author:銀狐
雲の近くで紙と筆。本と工藝。
旅・食・美・創・観に魅せられ
鳥・虫・石・艸・風と交わり 閑暇を纏う。

強烈な文具好き。
LAMYとrotringの熱烈な信者であり、
montblancに憧れ、pelikanを愛し、
moleskineを人生のパートナーに迎え、
RHODIAを愛人にして、
Rollbahnと浮き名を流す。

burlingtonにトラベラーズノートと
ファーバーカステルを詰め、
PerkerとfILOFAXを広げた所が書斎。

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